コンクリートに流れる木のリズム
倉敷市立美術館に入って
まず目に入ってきたのは
エントランスホールの大きな空間でした
縦に走る線
繰り返される梁
階段の斜めの線
光を受けてあらわれるコンクリートの表情
空間の中にいるだけで
コンクリートでできた建物のはずなのに
木の流れのようなものを感じました
最近、朝早く平和公園を散歩することがあり
丹下健三が設計した1955年の広島平和記念資料館を
あらためて建築として眺めることがありました
何度も見ている建物でも
少し時間を置いて見ると、また違うものが見えてきます
そんなこともあって、先日倉敷を訪れた際
丹下健三設計の倉敷市立美術館を見てきました
この建物は、1960年に倉敷市庁舎として竣工し
1983年に美術館へとコンバージョンされた建物です
庁舎としてつくられた建築が、役割を変えながら今も使われ続けている
そのこと自体にも、建築の力を感じます
現場打ちコンクリートの構造体には
驚くほど細かなデザインが施されています。
柱と梁の取り合いは、木の接合部のようにも見える。
繰り返される部材には、木の格子のようなリズムがある。
さらにコンクリートの表面には、型枠に使われた木の木目がそのまま転写されています。
コンクリートは本来、重く大きな塊として見えやすい材料です。
けれどこの建築では、その大きな塊が
細かな線の集まりとして感じられます。
ただ強いだけではない
ただ大きいだけでもない
細部まで意識されたデザインが
コンクリートにやわらかな表情を与えています
外へまわって全景を見ると、建物は長く大きなコンクリートの塊として立ちあらわれます。
太い柱、長く伸びる梁、横へ連なる構成。
とても力強い建築です。
それでも、エントランスで感じた「木のリズム」を思い出しながら見ると、見え方が変わってきます。
大きな建築でありながら、そこには繰り返しがあり、節があり、間がある。
その感覚は、木造建築の架構を読むときの感覚にどこか似ています。
材料はコンクリートでも、空間を支えている感覚の中に木造的なリズムが流れている。
そこが、この建築のおもしろさだと思いました。
壁際の縦の並びを見ると、その印象はさらに強くなります。
この部分は、まるで木の格子をコンクリートで置き換えたようです。
一本ずつが並び、隙間が生まれ、陰影ができる。
塊の建築でありながら、線の建築でもある。
そう感じさせる細部です。
大きな建築を、大きさだけで終わらせない。
細かな繰り返しや陰影によって、人の目がとまる場所をつくっている。
この繊細さがあるからこそ、コンクリートの力強さも生きてくるのだと思います。
現在の講堂に入ると、それまでの直線的な印象から一転して、曲線の空間があらわれます。
天井はやわらかく曲がり、壁へとつながっていく。
厚みのある壁、小さな開口、点々と浮かぶ照明。
この空間には、ル・コルビュジエのロンシャンの礼拝堂を思わせるものがあります。
けれど、単なる模倣ではないと感じました。
影響を受けながらも、それを丹下健三自身の建築のことばに置き換え、別の空間として成立させている。
見ているだけで楽しくなる講堂です。
直線と曲線、重さとやわらかさが、ひとつの建築の中で共存していました。
建物そのものが文化財であるということ
この建物は、もともと美術館としてつくられたものではありません。
1960年に倉敷市庁舎として竣工し、その後、美術館として使われるようになりました。
用途は変わっても、建築空間の価値は残る。
むしろ、新しい用途を受け止めながら、建物そのものが文化を支えているように思えます。
庁舎であっても、美術館であっても、この建築空間そのものが文化財なのだと思います。
久しぶりに、建築そのものが持つ力を感じました。
コンクリートという強い材料の中に、細かな線を刻み、空間にリズムを与えていく。
その積み重ねが、人の体や気持ちを動かしていく。
コンクリートの中にも、木のリズムは流れている。
倉敷市立美術館を歩きながら、そんなことを感じました。